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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)3746号 判決

原告

村中晃

代理人

登石登

被告

株式会社大和護謨製作所

代理人

柏木薫

復代理人

川津裕司

補佐人弁護士

中村宏

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者双方の申立および主張は、別紙要約書のとおりである。

証拠〈略〉

理由

一〈略〉

二右被告使用の方法が本件特許発明(特許第二五一八九六号)の技術的範囲に属するかどうかにつき……、まず被告方法における既製の(カレンダー法で作成された)塩化ビニール樹脂皮膜を使用することが、カレンダー法による生成工程中の同皮膜を使用することに対して別箇の方法となるかどうかの点について判断する。

三右特許請求の範囲の記載によれば本件特許発明にかかる方法は、次のとおり解される。

(一)  次の三方法のうちいずれかを行う。

(1)  第一方法

(イ) 表張り工程

カレンダー法による熱可塑性樹脂皮膜の製造工程中に生成せられつつある加熱状態における皮膜の一面に、ナイロン・ビニロンのような熱可塑性樹脂よりなる繊維あるいはその他強力人絹・絹・綿等適宜の繊維を使用して糸格子間隔面積約二〇パーセント以上に織成せる適宜組織よりなる布地を重ね合わし、加熱ロールを使用して圧着せしめ、

(ロ) 裏張リ工程

次に、この布地を中間として、その面上にさらに熱可塑性樹脂皮膜を加熱状態において前記と同様の方法にて加熱接着させる。

(2)  第二方法

前記二工程を同時に行なう。

(3)  第三方法

(イ) 表張り工程

(1)(イ)と同じ、

(ロ) 裏張り工程

布の他面にドクター装置を使用して熱可塑性樹脂の塗料を塗布する。

(ハ) 熱を加えて表裏の樹脂皮膜を中心布の組織目を通じて相互に融着一体化させる。

(ニ) 必要に応じ、型出しロールを使用して表面または表裏両面に各種の模様を露出する。

四右(二)が、必要に応じてする型出し工程であつて、本件特許発明の必須の要件でないことは、右記載に照らし明白であるから、本件特許発明は、右(一)、(二)をその構成要件とする「布帛に防水性皮膜を形成せしめる方法」であると認められる。

そして、〈書証〉ならびに原告本人尋問の結果を総合すれば、本件特許発明は、

(一)  従来の布地の片面または両面に合成樹脂皮膜を下引き塗料により接着させた防水布の欠点を除去するため、下引き塗料による接着という方法に代え、表裏皮膜を布の組織を通じて融着一体化させることにより、両側の合成樹脂同志のかんぬきによる強力な接合を計ることを主眼としたものであること、

(二)  したがつて、両側の皮膜が合成樹脂皮膜でなければならないこと、

(三)  この融着一体化の方法により、その製品が「剥離の憂いなく極めて強靱であつて相当激しい動作によつても破損、引裂の心配なく」という本件特許公報記載の効果を有するためには、融着一体化する部分が布全体の面積の二〇パーセント以上を占める必要があることを実験の結果確かめ、これによつて中間布として「適宜の繊維を使用して糸格子間隔面積約二〇パーセント以上に織成せる適宜組織よりなる布地」を用いることとしたこと、

(四)  このように粗目の有地を中間布として用いるため、これに合成樹脂皮膜を完全に形成するには、ラミネイティング、スプレッティングの方法は不適であるのに対し、「Calendering においては生地の間隙率がいかに大きくとも完全な塗膜を塗布することが出来、一旦片面に塗膜が形成されれば、その裏面はCalen dering, Spreading 何れも可能である。かかる点より本件特許発明においては少くとも最初の一回はCalenderingを用いることにしたのである。」(甲第六号証特許異議答弁書一二頁七行目―一二行目、甲第七号証答弁の理由補充書一〇頁八行目―一四行目)こと、が認定できる。

このことからして、本件特許発明の前記構成要件のうち、三つの方法に共通するところの「カレンダー法による熱可塑性樹脂皮膜の製造工程中に生成せられつつある加熱状態における皮膜」を表張り工程に用いること、「適宜の繊維を使用して糸格子間隔面積約二〇パーセント以上に織成せる適宜組織よりなる布地」を中間布として使用すること、裏張り工程に用いる皮膜も合成樹脂皮膜であること、「表裏の樹脂皮膜を中心布の組織目を通じて相互に融着一体化させる」ことは、いずれも本件特許発明の中心になる構成要件であつて、これらが相互に不可欠のものとして結びつくことによつて、本件特許発明の所期の効果が達成できるものと認められる。

五右「カレンダー法による熱可塑性樹脂皮膜の製造工程中に生成せられつつある加熱状態における皮膜」が、合成樹脂コンパウンドをカレンダー装置の加熱された混線ロールおよび圧延ロール間で狭圧しシートないしフィルムに形成するに当り、その生成中の皮膜を意味することは、甲第一号証(本件特許公報)の図面に照らし明らかであり、これが既製の皮膜と異なるものであることはその語義上自から明白である。原告本人尋間の結果によれば、本件特許発明の発明者たる原告は、「生成工程中の皮膜は既製の皮膜よりも一歩前のものだから、特許をとる一つの技術として、一歩前のものを出しておけば、あとのものは当然その表現の中にふくまれる」と考えて前記の表現を用いた旨述べる部分があるけれども、この供述自体生成工程中の皮膜は既製の皮膜の一歩前のものとして両者を区別しており、また、〈書証〉によれば、原告自ら作成した判定請求書において、原告は、「布地に圧着する熱可塑性合成樹脂皮膜は(イ)号説明書記載の方法によれば、既製の換言すれば市販の熱可塑性合成樹脂皮膜を用いるものであつて、本件特許発明の如く、カレンダー法による熱可塑性合成樹脂皮膜の製造工程中に生成せられつつある加熱状態における皮膜を利用するものではないが……」と述べて、両者が区別させることを自認しているのであつて、両者を技術概念上同一視することはできない。

したがつて、表張り工程において既製の皮膜を用いる被告方法は、この点において、すでに本件特許発明と同一の方法ということはできない。

六そこで次に、被告の方法が本件特許発明と均等の方法であるかどうかにつき検討する。

原告は、熱可塑性樹脂は、高温により軟化して可塑性となり冷却すれば固体となり、そのくりかえしが可能で化学的変化を起さず、融着のためには融着温度まで加熱すればよいのであるから、融着一体化について生成工程中の皮膜を用いようと、既製の皮膜を用いようと、あるいはドクター法により塗布される熱可塑性樹脂であろうと、機能および作用効果は実質的にまつたく同一であるから、両者は均等であると主張する。しかしながら、四において述べたとおり、表張り工程において前記生成中の皮膜を用いることは、本件特許発明の中心となる構成要件であつて他の構成要件と相互に不可欠のものとして結びついているのであるから、この構成要件のもつ意義を無視し単に融着一体化の点をとらえて両者の均等を論ずることはできない。

そして、右生成中の皮膜を用いる意義は、本件特許の特許異議申立手続における特許異議答弁書(前記甲第六号証)および本件特許の無効審判請求事件における答弁の理由補充書(同第七号証)において、発明者たる原告が「カレンダー加工を前提とした理由」なる項をとくに設けて詳述しているところであつて、これによれば、既製の皮膜をはり合わせるラミネイティングは、本件特許発明におけるカレンダーリングに比し布地の組織目に熱可塑性樹脂皮膜を十分に圧入することができないこと、スプレッティングでは、本件特許発明に用いる粗目の布地に熱可塑性樹脂皮膜を均一に形成することが不可能であること等の理由からこの両方法を排斥して、本件特許発明の表張り工程をとくにカレンダー加工による生成中の加熱状態にある皮膜(当然皮膜の加熱が均一であるため融着一体化の達成が容易となり、ひいて、製品の仕上りも良好となることが推認される)を用いる工程に限定したことが明らかである。

このように、本件特許発明における表張り工程が、その有する作用効果からして右カレンダー加工を用いる工程に限定されることを発明者自身明言しながら、後にこれを用いない他の方法が同じ作用効果をもつと主張することは許されず、採用に価しない。よつて、既製の皮膜を使用する被告の方法が本件特許発明と均等の方法であるとの原告の主張は理由がない。

七結局、被告の方法は、「カレンダー法による熱可塑性樹脂皮膜の製造工程中に生成せられつつある加熱状態における皮膜」を用いない点において、本件特許発明の必須の要件を具備しないものであるから、その余の判断をするまでもなく、本件特許発明の技術的範囲に属しない。

よつて、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(荒木秀一 古川純一 牧野利秋)

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